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有袋類の王者に君臨していた「タスマニアオオカミ」

タスマニアオオカミはフクロオオカミとも呼ばれ、かつてはパプアニューギニア、オーストラリア本土タスマニア島にも生息していました。カンガルーやコアラと同じ袋を持ち、未熟児で出産した子供を袋で育てていました。

タスマニアオオカミはオオカミに姿、生態がよく似ていて、オオカミやイヌとの違いと言えば歯の数で、オオカミとイヌの12本に対して、タスマニアオオカミの16本と4本多いことぐらいです。尾はカンガルーによく似ており、直線の上体で動かしていました。メスの腹には育児袋がありますが、カンガルーみたいには発達していませんでした。袋の入り口は後方に向いており、中にはお乳が4つありました。背の後方から尻の付け根には、黒っぽい縞が16~18本ありました。この縞からタスマニアンタイガーともよばれることもあります。

性格は比較的おとなしく、クンクンと鼻声でないたり、低いうなり声を出したり、せきこむようにほえていたといいます。

タスマニアオオカミのかつての暮らし

タスマニアオオカミは山岳地帯の谷間やむき出しの岩のある草原、森林などに生息していました。タスマニアオオカミは夜行性で、日中は岩の間や木の根もとの洞窟などに隠れ、夜になると1~2頭で狩りに出かけていました。

獲物はワラビーや小型のカンガルー、地上性の鳥類などでした。狩りの方法は獲物を長距離追跡し、相手が疲れたところを一気に襲い掛かる方法と、草むらなどを利用してぎりぎりまで忍び寄る方法をとっていました。

タスマニアオオカミは獲物の血をなめ、肉を噛み切って食べていましたが、オオカミのように食べ残した獲物の元へ戻ってくるという習性はありませんでした。

タスマニアオオカミの繁殖のピークは夏(12月~3月)でした。メスは1回の出産で2~4頭未熟な子を産み、子供は母親の袋に3ヶ月くらいいました。その後も9ヶ月母親とともに過ごしていました。

飼育下での繁殖は成功しませんでした。

タスマニアオオカミの絶滅まで

タスマニアオオカミは3万年前から人類の移住とそのときの持ち込まれたイヌ科のディンゴとの遭遇で激しく競合しました。そして、社会性のもつディンゴの群れに1~2頭で暮らすタスマニアオオカミは負けて徐々にニューギニア、オーストラリア本土から姿を消していき、約3,000年前に絶滅しました。

ディンゴが入らなかったタスマニアでも、1770年ヨーロッパからの移民がやってき、移民たちのヒツジやニワトリの家畜を襲ったフクロオオカミを「ハイエナ」と呼び目の敵にし、銃や毒殺、わななどで虐殺されました。1840年には、タスマニアオオカミの捕獲に懸賞金をかけられ、22年の間に2,184頭が捕獲されました。1933年に捕獲された個体が1936年に死亡したのがタスマニアオオカミの最後でした。

タスマニアオオカミの標本が現在ほとんど残ってない理由は、過剰になった人々がタスマニアオオカミの全身をたたき粉々にしたからです。

その後、何度か観察されたという話があり、カメラを設置しましたが証拠は得られていません。

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